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幻覚系ボードゲームプレイヤーHal200のあれやこれ。

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境界例からトリテの必要条件を考える

この記事はTrick-taking games Advent Calendar 2018の12月8日の記事として書いています。
というわけで、この記事を読んでいる方はトリックテイキングをある程度知っているという前提で書いていきます。

はじめに

以前、知り合いがこんなことを言っていました。
「トリテ風のゲームです!」という売り文句を聞いてそれを選んだのに、ルールを読んでみたら期待したものとどうも違う。遊んでみてもやっぱり違ってがっかりした。」
悲しいことです。トリテが大好きな彼は肩透かしを食らったわけです。ですがゲームを売り込んだほうに悪意はありませんでした。これは「トリテ風」という言葉に対するアンマッチが引き起こした悲劇だと感じ、こうも考えました。
なぜこんなアンマッチが起きたのだろうか?このゲームをお勧めした人は何をもって「トリテ風」と言ったのだろうか?そもそも私たちは何をもってゲームをトリテだと認識しているのか?
今回はこのあたりを探ってみようと思います。その方法として、はじめに「絶対トリテなもの」を意識し、そこから少しずつ遠いシステムのゲームを見ることで、トリテの必要条件とは何かを考えます。

絶対トリテなもの

はじめに誰もがこれはトリテだよね、というゲームを考えてみたところ、以下のような要素が見つかりました。
・複数スート、複数ランクのカード構成
・リードから1順カードを出す
・1人1枚カードを出す
・マストフォロー
・数字を比べて一番強いものを出した人がトリックを獲得
今回は複数ハンドであるということは要素に入れていません。シングルハンドでダミーなしのソロプレイをトリテという人はいないでしょう。切り札の要素もあらかじめ除外していいでしょう。切り札なしのゲームもたくさんあります。
という訳で、ここから各要素について、それがトリテの必要条件に該当するかを見ていきます。

マストフォローとスート

まずは「マストフォロー」について考えてみましょう。マストフォローではないゲームとして、知略悪略やシュティッヒルンが挙がります。
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これはトリテということで議論の余地はないでしょう。「メイフォローのトリックテイキング」という言葉があるとおり、マストフォロー・スートのルールはトリテ感の必要条件ではないことがわかります。
さらにスートについてはどうでしょうか。スートが無いゲームとして、5本のきゅうりやにわとりも歩けばを考えてみましょう。
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これらも「モノスートトリテ」なんていう言葉でトリテとして分類されています。実際にプレイしてみるとトリテ感もしっかりと感じられます。どうやらスートもトリテの必要条件ではなさそうです。

それならば、ハゲタカのえじきやぶくぶくはどうでしょうか?
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たしかに「1人1枚カードを出す」「数字を比べて一番強いものを出した人がトリック(ボーナス)を獲得」という要素があります。ですが実際のプレイ感はトリテのそれとは異なるようです。それならば、なぜ5本のきゅうりはトリテでハゲタカはトリテではないのでしょうか?この2つのゲームでルールの違いを比べると、カードを同時に出すかどうかと、出せるカードに制限があるかどうかです。これらのルールの違いがトリテ感のあるなしに影響するとするならば、「トリテ感とは出せるカードの制限」にあると言えそうです。

マストフォローはリードがスートを制限します。5本のきゅうりは先行プレイヤーがランクを制限します。知略悪略やシュティッヒルンはルール上の制限はあまりありませんが、ペナルティがきついため戦術上の制限が強くかかり、後続のプレイヤーが出すカードは先行のプレイヤーによって制限されます。

というわけで、トリテの必要条件の一つは以下のとおりとします。
「リードを含む先行のプレイヤーが出したカードによって、他のプレイヤーが出すカードにルール上の制限または戦術上の制限が加わること」
またこれによってリードの概念が条件に加わるので「何らかの条件によってリードが決まり、それが移り変わること」も副次的な条件になります。

リードから1順カードを出すこと

リードから順番にカードをぐるっと出して強さ比べをする、というゲームの流れについて見ていきます。

1手番に出す枚数についてはどうでしょうか。打天九やトランプゲームの22は1手番に複数枚のカードをプレイしますがトリテ感がしっかりとあります。では同じく、1順ぐるっと出して強さ比べをするゲームとして、ラーや支離滅裂はどうでしょうか。
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まずラーをトリテと言う人に会ったことがありません。ラーは明らかに競りゲームです。ではこの違いは何でしょうか。ラーにはパスがありますし、勝てない場合出したカードが戻ってきます。支離滅裂もトリテ感があるかというと疑問が残ります。勝てなかった場合にカードは戻ってきませんが、リードと異なる枚数を出してもいい、という部分が異なります。

22にあって支離滅裂にない要素というのは「全員同じ枚数のカードを必ず出すこと」です。これもまたトリテに欠かせない条件といえそうです。

ルールを越えて

さて、これでトリテの必要条件が揃いました。

「リードを含む先行のプレイヤーが出したカードによって、他のプレイヤーが出すカードにルール上の制限または戦術上の制限が加わること」
「何らかの条件によってリードが決まり、それが移り変わること」
「手番には全員同じ枚数のカードを必ず出すこと」


ではこれらのルールが醸すプレイ感はいったいどのようなものでしょうか。最大の特徴は「プレイライン」ではないかと思います。手札をどの順番で出し、どこでしゃがんでどこでリードを取りに行くのかを計画して実行する、それがトリックテイキングの面白さの最たる部分ではないでしょうか。

さて、ここでひとつのゲームを見てみましょう。魔法にかかったみたいです。
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カードにはスートもなければランクもない、リードと同じカードがなければフォローはパスしなければならない。そういう意味ではトリテの絶対条件を外れます。ですがリードとフォローの概念があり、リードによってカードのプレイが制限され、プレイラインがあります。また先ほどトリテから除外したぶくぶくはどうでしょうか。これにもプレイラインがあります。

ということは「プレイラインがある=トリテ」ではないことがわかります。もしかしたらこのことが「トリテ風」という言葉のすれ違いを生んでいるのかもしれません。

おわりに

このことを踏まえ、トリテ好きの私たちとしては「トリテ風」という言葉から「トリテ」を期待するのではなく、「トリテではない何か」と受け取るのが幸せなゲーマーへの近道なのではないでしょうか。

ここまで大いに語ったうえで最後はフワッとした結論になりましたが、皆さんがトリテについて考えてもらうきっかけになれば幸いです。

それでは皆様、Have fun gaming!

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